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札幌地方裁判所 昭和56年(ワ)5043号 判決 1983年2月15日

原告

工藤真一

被告

日本通運株式会社

主文

被告は原告に対し、金二〇三六万七一五六円及び内金一八五六万七一五六円に対する昭和五三年七月二一日から、内金一八〇万円に対する本判決確定の日から各完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。

この判決は一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金七〇〇〇万円及びこれに対する昭和五三年七月二一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (本件事故の発生)

原告(昭和四九年六月一四日生の男児)は、昭和五三年七月二一日午前九時五六分ころ、札幌市豊平区真栄一番地の一先の国道三六号線路上において、同国道を千歳方面から札幌方面に向つて進行していた訴外穴吹重雄(以下訴外穴吹という)運転にかかる大型貨物自動車(札八八あ三五一、以下被告車という)に衝突された(以下本件事故という)。

このため原告は、脳挫傷兼脳裂創、脳幹損傷、脳内出血、開放性頭蓋骨々折、頭皮・顔面裂創の傷害を受け、治療の結果、外傷性脳萎縮、脳挫傷兼脳幹損傷の後遺症が残り、いわゆる植物状態となつた。

2  (責任原因)

被告は、本件事故当時被告車を所有し、貨物運送事業のため同車を使用していた。

3  (原告の損害)

原告は本件事故により左の損害を受けた。

(一) 逸失利益 金三三三四万円

原告は、健康な男児であつたところ前記後遺症により一〇〇パーセント労働能力を喪失した。昭和五六年度の賃金センサスの企業規模計、学歴計の男子労働者の平均年収は三六三万三四〇〇円であるから、一八歳から六七歳までの逸失利益を、ライプニッツ方式により中間利息を控除して事故時の現価を算出すると金三三三四万円になる。

(二) 介護料 金七九二三万円

原告は、本件事故以来専門の付添看護人の介護を受けながら入院加療を受けているが、この状態は終生続く見込みであり、付添看護人の費用は一日七七〇〇円である。原告の介護料は次のとおりである。

(1) 事故時から昭和五四年一〇月分まで

この間の介護料は被告から全額受領済みである。

(2) 昭和五四年一一月分から昭和五六年五月分まで 金二三五万九〇二〇円

(3) 昭和五六年六月分以降平均余命まで

この間の介護料をホフマン方式により中間利息を控除して算出すると金七六八八万円である。

以上未払介護料合計金七九二三万円

(三) 入院雑費 金一〇二五万円

原告は終生入院が必要なものであり、事故時から平均余命までの入院雑費を一日一〇〇〇円とし、ホフマン方式によつて中間利息を控除して合計額を算出すると、金一〇二五万円になる。

(四) 慰藉料 金一五〇〇万円

原告は、本件事故により一三か月入院加療を受けた後、いわゆる植物状態で症状が固定した。原告は喜びや悲しみを感ずることなく、動くこともできず、未来を完全に失つたのであり、原告の受けた精神的苦痛は死に勝るものがある。これを慰藉するには金一五〇〇万円をもつてするのが相当である。

(五) 弁護士費用 金七〇〇万円

本件事故の損害としての弁護士費用は金七〇〇万円が相当である。

以上合計金一億四四八二万円

4  よつて原告は被告に対し、自賠法三条に基づき右損害金一億四四八二万円の内金七〇〇〇万円とこれに対する損害発生の日である昭和五三年七月二一日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

3  同3の損害額はすべて争う。

三  抗弁

1  (免責)

本件事故が発生した国道三六号線は、歩、車道の区別があり、歩道と車道との境には高さ約二〇センチの縁石があつて歩道が高くなつている。車道は片側二車線で自動車の交通量は非常に多い。右道路は最高速度が時速五〇キロメートルに制限されている。

本件事故発生前、本件事故現場の手前数百メートルにある交差点で、訴外穴吹の運転する被告車は赤信号に従つて停車したが、このとき被告車の前方には三、四台の先行車が同じように赤信号に従つて停車しており、被告車の後にも後続車が停車していた。

信号が青に変わり、停車していた自動車はそれぞれ発進し、被告車も先行車に続いて発進し、先行車と約四〇メートルの車間距離を保つて本件事故現場にさしかかつた。このような状態で走行していたとき、訴外穴吹は、前方約四二メートルの歩道中央付近を札幌方面から千歳方面に向けて、補助車輪付の自転車を走らせている原告を認めたが、そのときは原告の状態に何ら異常を認めなかつたのでそのまま進行したところ、約一六メートルに接近した時点で、原告ははじめてふらつく状態となつて急に車道に向けて飛び出してきた。そこで訴外穴吹は危険を感じ、制動措置をとるとともに右にハンドルを切つたが、まにあわず、被告車のサイドバンパー部が原告の自転車の前輪に衝突し、そのはずみで原告は転倒した。

右のように、先行車と一定の車間距離を保つて進行する自動車の運転者にとつて、かかる車道に自転車が急に歩道から飛び出して来ることを予想することは到底困難であり、危険を感じてからの訴外穴吹は最大限の回避措置をとつているのであるから、被告車を運転していた訴外穴吹には過失がなかつたというべきである。

他方、原告は当時四歳の幼児であり、しかも原告の乗つていた自転車は事故の一、二日前に買い与えられたものである。このような幼児に自転車を与え、そのまま放置するが如きは、原告の両親が子供の監護を充分尽していなかつたことを物語るものであり、これが本件事故の原因である。したがつて、被告には本件事故による損害を賠償する責任はない。

2  (過失相殺)

仮に被告に責任があるとしても、前項で述べた事柄を勘案すれば、本件事故における原告もしくは原告側の過失は重大であり、その過失割合は少なくとも七割とするのが相当である。

3  (損害填補、損益相殺)

(一) 被告は原告に対し次の金員を支払つた。

(1) 治療費 金七八四万七二五一円

(2) 介護料 金二七八万五三〇〇円

(3) 入院雑費等 金三五万三五〇〇円

(4) 仮払仮処分によるもの 金二三五万九〇二〇円

(二) 原告は自賠責保険より金二〇〇〇万円の支払を受けている。

(三) 原告は、自動車事故対策センターから介護料として一日当り金三〇〇〇円の支給を受けており、これは将来も受けられるものである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。自動車運転者としては、本件のように補助車輪付の自転車に乗つた幼児が付添う大人もなく一人で歩道を対向してくるのを発見した場合、市街地の制限速度である時速四〇キロメートル位に減速するとともに、幼児の動静に注意しながら運転すべき義務がある。しかるに現場に残つた被告車のスリツプ痕からみれば、被告車が時速七〇キロメートル以上の高速で進行していたことは明らかであり、漫然とこのような高速で進行した訴外穴吹には重大な過失がある。

2  抗弁2の主張は争う。訴外穴吹には重大な過失があること、原告が幼児であることなどに照らせば、原告側の過失割合はせいぜい一割とみるのが相当である。

3  抗弁3のうち、原告が被告主張の金員の支払を受けていることは認める。但し、仮払仮処分によつて支払われた金員は弁済とみるべきではないし、自動車事故対策センターから支給されている介護料三〇〇〇円も過去の分はともかく将来分については控除すべきではない。また原告は、本件では治療費を請求しておらず(社会保険事務所が立替払しているため)、既払分の治療費は損害填補の対象とすべきではない。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因1、2の事実は当事者間に争いがなく、右事実によれば、被告は、本件事故当時被告車を自己のために運行の用に供していたものと認められる。

二  被告は、本件事故について訴外穴吹に過失はないので責任はない旨主張するので、この点について判断するに、前項の当事者間に争いのない事実に、成立に争いのない甲第六号証、乙第一、第二号証、証人穴吹重雄、同菅野ナミ子の各証言、原告法定代理人工藤政志の供述並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  本件事故の発生した国道三六号線は、札幌から苫小牧を経由して室蘭に至る、いわゆる幹線道路であり、自動車の交通量は多い。右道路は、本件事故現場付近において、車道幅員が一六メートルあり、車道は上下とも各二車線に区分されている。また車道の両側にはそれぞれ幅二メートルの歩道があり、車道と歩道との間は高さ約二〇センチの縁石で画されており、歩道が車道より約二〇センチ高くなつている。事故現場付近では、右道路は平担で、かつ、ほぼ直線であり、前方の見通しは良く、また路面は、アスフアルト舗装されている。事故当日の天候は晴で、路面は乾燥していた。道路の両脇には家屋が点在し、やや市街地の様相を呈しており、自動車の最高速度は時速五〇キロメートルに制限されているが、歩行者の交通量は多くない。

2  被告車は、車長七・二七メートルのタンクローリー車であり、事故当日、訴外穴吹は被告車にガソリン等を積み、国道三六号線を通つて札幌へ行くところであつた。本件事故直前、被告車は、事故現場の手前数百メートルの地点にある交差点で赤信号に従い停車したが、その際、第一車線(歩道寄の車線、以下同じ)を走つていた被告車の前方には、先行車が数台停車しており、同一方向の第二車線(中央線寄の車線、以下同じ)も数台の自動車が停車していた。訴外菅野ナミ子運転の乗用車(以下菅野車という)もこのとき第二車線にあつて、停車した。

3  右交差点の信号が青に変わり、右停車していた自動車は順次発進し、被告車も先行車に続いて発進し、加速して本件事故現場にさしかかつた。折柄、原告は、事故現場付近の、被告車からみて左側の歩道中央付近を、補助車輪のついた幼児用自転車(以下原告自転車という)に乗つて札幌方向から千歳方向に向つて走つていた。傍には付添う大人もなく、原告一人であつた。訴外穴吹は、本件事故現場付近にさしかかつた際、右のような原告を認めたが、そのまま被告車を走行させたところ、原告自転車が歩道から車道に出てくるのを見て、はじめて危険を感じ、急制動の措置をとつたがまにあわず、そのまま車道上に進入してきた原告自転車の前部に、被告車のサイドバンパー部を衝突させ、原告自転車を約九・七メートル前方にはね飛ばした。被告車は、原告自転車に衝突した後、制動しながら第二車線に入り、第二車線を走行していた菅野車の左後部、追突し、再び第一車線に戻つて停止した。菅野車は、被告車が第二車線に進入しつつある段階で制動措置をとつたが、被告車に追突されて対向車線に押し出され、対向してきた訴外未国数美運転の乗用車と衝突して停止した。

4  事故後、警察官が訴外穴吹の立会のもとに実況見分したところ、被告車の後輪によるスリツプ痕は長さが二五・六メートル、菅野車のスリツプ痕は長さが一二・八メートルであり、これらのスリツプ痕の状況はおおよそ別紙図面のとおりである。また菅野車の破損状況は、被告車に追突されたものも、対向車と衝突したものもいずれも衝突部がへこんだ程度であり、左程のものではなかつた。右実況見分時訴外穴吹は、前方約一六メートルの地点に、車道に斜めに入つてくる原告自転車を認め、危険を感じ制動措置をとつた旨指示説明した。また被告車と原告自転車の衝突地点は歩道から車道へ一・九メートル入つたところであつた。

5  原告は、本件事故時四歳一か月の幼児であり、原告自転車は一か月前に買つて貰つたものである。原告の実父母は離婚していたが、当時原告の面倒をみるため実母が原告宅へ来ていた。本件事故現場と原告の家とは五〇〇メートル以上離れている。

三  原告は、被告車は事故前時速七〇キロメートル以上の速度で走行していた旨主張するところ、訴外穴吹は、当法廷で、被告車の速度は時速五〇キロメートルであつた旨証言し、他方証人菅野ナミ子は、菅野車の速度は時速五〇ないし五五キロメートルであつた旨証言する。しかしながら、訴外穴吹の右証言には疑問がある。すなわち、成立に争いのない甲第一三号証によれば、自動車の制動距離は速度の二乗に比例し、この場合自動車の重さは制動距離に関係しないことが認められるが、前記認定の、被告車と菅野車のスリツプ痕の状況(別紙図面参照)、スリツプ痕の長さ(被告車のそれは菅野車の二倍)からみれば、被告車が制動を始めたのは菅野車よりも明らかに早く、菅野車は、被告車が制動しながら第二車線に入つてきたので、これとの接触を避けるべく制動措置をとつたと認められるのである。そうだとすると、仮に被告車と菅野車が同程度の速度で走行していたとすると、先に制動を開始した被告車が菅野車に追突することはありえないといわざるをえない。しかるに現実には前記認定のとおり被告車は菅野車に追突し、菅野車を対向車線に押し出しているのであつて、この点からみれば右追突時点において被告車が菅野車よりも速度が出ていたことになり、先に制動していた被告車が、遅れて制動を開始した菅野車よりも高速であつたということは、制動前の被告車の速度が、制動前の菅野車のそれをかなり上まわつていたと解さざるをえないのである。

ところで前掲甲第一三号証によれば、スリツプ痕がつきはじめたとき、すなわちタイヤがロツクされて滑走が始つたときの自動車の速度v1は、スリツプ痕の長さl1から、左記算式(1)によつて求めることができ、乾燥したアスフアルト路面の摩擦係数は〇・七であること、ブレーキが作動してからタイヤがロツクされるまで通常〇・二秒かかり、ブレーキが作動していた距離(制動距離)l2は左記算式(2)により求めることができること、そしてブレーキが作動したときの速度(制度直前の速度)v2は左記算式(3)により求めることができることが認められる。

算式 (1)

算式 (2) l2=l1+0.2v1

算式 (3)

但し、uは摩擦係数、gは重力加速度(9.8m/s2)、単位はいずれもメートル、秒である。

右算式に被告車のスリツプ痕の長さ二五・六メートルをあてはめ、順次計算すると、制動直前の被告車の速度v2は秒速約二〇メートルとなり、これを時速に換算すると七二キロメートルになる。ちなみに、右算式を使つて菅野車の制動前の速度を算出すると(但し、菅野車は、前記認定のとおり、被告車によつて追突され、対向車と衝突しているのであるから、追突されたことによる加速、対向車との衝突による減速を考えねばならないわけであるが、菅野車の破損はいずれも軽微であるから、加速、減速の力はいずれも左程強くなかつたと考えられるので、ここでは右加速、減速を一応無視し、菅野車のスリツプ痕のみに基づいて計算する。)、菅野車の制動前の速度は時速約五二キロメートルとなり、この数値は前記菅野の証言と符号するものである。

そうすると、被告車は事故前時速七二キロメートル(秒速二〇メートル)の速度で走行していた疑いがある。仮にそうだとすると、前掲乙第一号証によれば、被告車の後輪がスリツプ痕をつけはじめた地点と衝突地点はおよそ五メートル前後であることが認められ、前記のように被告車の車長が七・二七メートルであつて、被告車のサイドバンパーと原告自転車が衝突したことを考えれば、スリツプ痕がつきはじめたときが衝突したときとほぼ考えられるので、ブレーキが作動してからロツクされるまでの時間(〇・二秒)とブレーキをかけようと思つてからブレーキが作動するまでの時間(空走時間、およそ〇・八秒)を考慮すると、訴外穴吹が歩道から車道に出てくる原告を認めてブレーキをかけようと思つた地点は、衝突地点からおよそ二〇メートル以上手前であつたものと思われる。

ところで、訴外穴吹が最初に原告を認めたとき、原告は歩道中央付近を札幌方向から千歳方向に向けて自転車を走行させていたのである。ここで原告の事故前の行動について考えてみるに、既述のとおり本件道路の車道と歩道との間には約二〇センチの段差があるのであるから、いくら幼児とはいえ意図的に歩道から車道へ自転車に乗つたまま進入しようとしたとは到底考えられない。原告法定代理人工藤政志の供述によれば、原告は一人で国道三六号線まで来たことはないというのであり、しかも前記認定のように本件事故現場が自宅から五〇〇メートル以上も離れていることに照らすと、原告は、自宅への帰り道をさがしあぐね、迷いながらふらふら運転していて、次第に車道に接近してきて誤つて車道に転落したか、あるいは、逆方向へ方向転換しようとして転換しきれずに車道に進入したかのいずれかであると考えるのが自然である。そうだとすると、原告が当時四歳一か月の幼児であり、原告が乗つていたのは補助車輪の付いた幼児用自転車であることに鑑みれば、原告自転車が歩道中央付近から車道よりに接近し、あるいは車道に向けて方向転換してから車道に出るまでには何秒間かの時間の余裕があつた筈であり、このように原告自転車が車道よりに接近してきたとき、あるいは車道に向けて方向転換をはじめたときに、被告車が減速等をしていれば、本件事故の発生を回避できた可能性は十分にある。なるほど、歩、車道の区別のある道路で、しかも車道は交通量が多いのであるから、このような車道に歩道から自転車に乗つたまま進入する者があることを予測することは一般に困難であるといえなくはないが、本件では相手が幼児であり、しかも補助車輪の付いた幼児用自転車に乗つていたのであつて、補助車輪の付いた自転車に乗る幼児には、ブレーキ操作もハンドル操作も自由になしえない者が多いということは人のよく知るところであるから、自転車運転者としては、かかる幼児用の自転車が傍に付添う者がいない状態で車道寄に接近し、あるいは車道に向けて方向転換をしたときは、適宜速度を減速し、その動静を注視しつつ進行すべき注意義務があるというべきである(なお道路交通法七一条二号参照)。訴外穴吹は、歩道中央付近に幼児用自転車に乗つた原告を認めていながら、原告自転車がまさに車道に進入せんとするときまで、何ら減速等の措置をとらず漫然と運転していたのであるから、この点において過失があつたと思料されるうえ、前記のように訴外穴吹は制限速度五〇キロメートルの道路を、時速七〇キロメートルを越える速度で被告車を運転していた疑いもある(仮に衝突地点の二〇メートル手前で危険を感じ急制動の措置をとつたとして、被告車の速度が時速五〇キロメートルであれば、被告車と原告車の衝突が避けられなかつたとしても(この場合の停止距離は二五メートルであるといわれている。)、衝突地点での被告車の速度は相当遅くなつた筈であり、さすれば、原告に本件のような重傷を負わせることもなかつた可能性がある。)。そうしてみると、訴外穴吹には本件事故につき過失がなかつたとはいい難いから、結局、被告の免責の主張は採用できないものといわざるをえない。

四  被告は、過失相殺の主張もするので、ここで右につき判断するに、前記認定したところによれば、原告は、原告自転車を運転して歩道から車道に進入しているのであり、原告が意図的に車道に入つたとは考えられないことは既述のとおりであるから、原告は、原告自転車のブレーキ操作、ハンドル操作を自由になしえなかつたものと推認される。このような原告に自転車を与えたまま付添等をすることなく、自宅から遠く離れるにまかせたことは保護者たる両親に重大な過失があつたものといわざるをえない。原告自身の過失とみるか、原告の保護者の過失とみるかはともかく、前記事故の態様等に照らすと、被害者側の過失として四割とみるのが相当であり、したがつて、被告には原告の損害額の六割を負担させるのが相当である。

五  原告が、本件事故により脳挫傷兼脳裂創、脳幹損傷、脳内出血、開放性頭蓋骨々折、頭皮・顔面裂創の傷害を受け、右傷害による後遺症として原告に外傷性脳萎縮、脳挫傷兼脳幹損傷が残つていわゆる植物状態となつたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第七ないし第一〇号証、原告法定代理人工藤政志の供述によると、原告は、事故以来現在に至るまで入院加療を受けているが、現在意識はあるものの外界との意思疎通は不能であり(名前を呼べばかろうじて反応する程度)、四肢は硬直し自発運動は不能であること、栄養は鼻腔栄養で、排尿便は自力では全く不能であつて、生命維持の基本的動作に全面的な介護を要する状態であること、CT(断層写真)所見では脳室の拡大、左脳挫傷が著明であり、脳波は汎発性徐波が優位であること、原告の状態は準植物状態であり、今後もこれらの状態が改善する可能性はないこと、以上の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

ところで、成立に争いのない乙第三号証の一、二によると、東北大学脳神経外科の児玉南海雄、鈴木二郎両教授が第三一回日本脳神経外科学会総会で発表したところによると、一九七二年末における脳神経外科学会認定医指定訓練病院一六〇施設の調査結果では、植物状態患者は三年以内での死亡率が五一・六パーセント(対象者六〇五名)であつたこと、厚生省の特別研究・植物状態患者研究班の東北地方における植物状態患者の実態調査によると、二年未満の死亡率は五四パーセント、五年未満の死亡率は八八パーセント(調査年度不明、対象者二一九名)であつたこと、運輸省の自動車事故対策センターが昭和五四年度に重度の意識障害者(自動車事故により脳損傷を生じ、以下の六項目のすべてに該当する状態にあり、かつ、その状態が三か月以上継続している者をいう。

(イ)自力移動が不可能。(ロ)自力摂食が不可能。(ハ)屎尿失禁状態。(ニ)眼球はかろうじて物を追うこともあるが認識はできない。(ホ)声を出しても意味のある発言は全く不可能。(ヘ)眼を開け、手を握れというような簡単な命令にはかろうじて応ずることもあるがそれ以上の意思の疎通は不可能。)に対する介護料援助を、四九六名に対して行つたが、そのうち同年度中の死亡者は六七名であり、右六七名の事故日からの生存期間を調べたところ、二年以内での死亡率は五〇・七パーセント、五年以内の死亡率は七六・一パーセント、七年以内の死亡率は九一・〇パーセントであつて、最長生存期間は一二年四か月であつたこと、以上の事実が認められる。

右によれば、各調査の結果には多少のばらつきはあるものの、脳に重大な障害があり自発的運動が不可能な者は、五年以内での死亡率がかなり高く、一〇年を越えて生存する者は少ないことが窺われる。

原告は、将来の介護料及び入院雑費を請求するにあたつて、平均余命まで生存することを前提としているが、以上認定の原告の症状(原告の症状は、自動車事故対策センターが介護料援助を与える基準としているところにすべて該当している。)からみて、平均余命まで生存するとは到底認めることはできない。反面、原告は、事故後四年以上生存していることも事実であり、現代医学が日々進歩し、同程度の症状の者であつても、過去と現在では、生存を図る措置等に差異があつて、これが将来においては更に変わる可能性もあるのであるから、過去のデータをもつてすべて律することも相当ではないものと思料される。しかしながら、介護を必要とする期間についての立証責任は原告に負わされており、平均余命をもつてするについては前記のような有力な反証があるのであるからこれをとりえず、結局、本件にあらわれた諸資料をもつて裁判所が判断するしかないが、前記のような諸事情を彼此勘案すると、原告について介護を必要とする期間は、本件口頭弁論終結時である昭和五七年九月から一〇年と認めるのが相当である。

また原告の生存期間は、原告の逸失利益を算定するにあたつて、生活費を控除すべきか否かにかかわつてくるのであるが、いつから生活費が不要となるかについての立証責任は被告の負担するところであり、前記のデータ(乙第三号証の一、二)をもつてしても、原告がいつ死亡するか、すなわちいつから生活費を要しなくなるかは判然としないから、逸失利益の算定にあたつては生活費を控除しないのが相当と解される。このように解すると、介護料、入院雑費の場合との整合性を欠くきらいがないではないが、立証責任の配分との関係上やむをえないものといわざるをえない。

六  かかる見地に立つて、以下原告の損害額について判断する。

1  逸失利益

既述したところによると、原告が本件事故により労働能力を一〇〇パーセント喪失したことは明らかであるので、昭和五六年度の賃金センサスの企業計学歴計の男子労働者の年間平均賃金三六三万三四〇〇円をもとに、一八歳から六七歳までの間に得られたであろう収入を、ライプニツツ方式により中間利息を控除し(但し生活費控除はしない。)、本件事故時の現価を算出すると、金三三三四万円となる。

2  介護料

前記認定したところによると、原告は本件事故以来常に介護を要する状態にあることが認められ、また成立に争いのない甲第一号証、第三号証及び弁論の全趣旨によると、昭和五三年七月二一日から昭和五四年一〇月三一日までの介護料は金二七八万五三〇〇円であり、昭和五四年一一月一日から昭和五六年五月三一日までの介護料は金二三五万九〇二〇円であること、現在介護のために一日当り金七七〇〇円を要すること、原告は遅くとも昭和五六年六月以降、自動車事故対策センターから一日当り金三〇〇〇円の介護料援助を受けていること、以上の事実が認められる。ところで、自動車事故対策センターからの介護料援助は、自動車事故対策センター法(昭和四八年法律第六五号)に基づき設立された自動車事故対策センターが自賠責保険の特別会計からの資金をもとに、自動車事故によつて、いわゆる植物状態となり介護を要する者に対してなすものであり、受給者はこれを返還することは要せず、加害者も求償されることがない反面、受給者の扶養者等の所得如何によつては打ち切られる可能性があるものである。したがつて口頭弁論終結時までの介護料は右援助額を控除した金額をもとに算定し、将来分についてはこれを斟酌しないのが相当と解される。そこで昭和五六年六月一日から本件口頭弁論終結時である昭和五七年九月一三日までの介護料を計算すると次のとおり金二二〇万九〇〇〇円となる。

(7,700-3,000)×470=2,209,000

また将来の介護料については前記のとおり、一〇年間と認めるのが相当であるから、ホフマン方式によつて中間利息を控除し、事故時の現価を算出すると次のとおり金一九二三万八〇〇〇円になる。

7,700×365×(10.4094-3.5643)≒19,238,000

よつて原告の事故以来の介護料を合計すると金二六五九万一三二〇円となる。

3  入院雑費

既述したところによると、原告は事故以来今日に至るまで入院しており、将来も入院を要するところ、将来分については介護料と同じく一〇年と認めるのが相当であるから、これによつて計算すると次のとおりである。

(一)  事故時から口頭弁論終結時までの分

次の算式によつて金一〇六万一二〇〇円となる。

700×1,516=1,061,200

(二)  将来分

ホフマン方式により中間利息を控除し事故時の現価を計算すると次のとおり金一七四万八九二三円となる。

700×365×(10.4094-3.5643)=1,748,923

したがつて入院雑費の合計額は金二八一万〇一二三円となる。

4  慰藉料

原告が本件事故によつて植物状態となつたことは既述のとおりであつて、慰藉料の算定にあたつては死亡した場合と同様に考えるべきであるから、原告の慰藉料は金一二〇〇万円が相当と認められる。

5  以上の原告の損害額を合算すると、金七四七四万一四四三円になり、前記の過失相殺により被告の負担すべき額は六割の金四四八四万四八六五円となる。

そうして原告が自賠責保険から金二〇〇〇万円の支払を受けたこと、被告から介護料、入院雑費等として金三一三万八八〇〇円の支払を受けたことは当事者間に争いがないから、これを控除すると残金は金二一七〇万六〇六五円になる。

次に被告が原告に治療費として金七八四万七二五一円を支払つていることも当事者間に争いがない。右のうち、四割分は原告が負担すべきものであるから、四割分の金三一三万八九〇〇円はその他の原告の損害に充当されたものと解するのが相当である。したがつてこれを前記損害金残金から控除すると、残額は金一八五六万七一六五円になる。

また仮払仮処分によつて被告が原告に金二三五万九〇二〇円を支払つていることも当事者間に争いがないが、右は仮の地位を定める仮処分によつて仮に履行されているに過ぎないから斟酌することはできない。

以上によると、過失相殺、損益相殺等をした後の損害額は金一八五六万七一五六円である。

6  弁護士費用

本件訴訟の難易、訴額、認否額等諸般の事情を総合すると、本件事故による損害としての弁護士費用は金一八〇万円と認めるのが相当である。

七  以上によれば、原告の本訴請求は、被告に対し金二〇三六万七一五六円と弁護士費用を除いた内金一八五六万七一五六円に対する昭和五三年七月二一日(損害発生日)から完済に至るまで、内金一八〇万円に対する本判決確定の日から完済に至るまで、それぞれ民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 大橋弘)

別紙図面

<省略>

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